【愛蔵品コーナー】「大佛次郎『大楠公』の挿絵画家・荒井寛方とインド」
~
愛蔵品コーナー
要入館料
その他展示・イベント
開催中の愛蔵品コーナー展示「大佛次郎『大楠公』の挿絵画家・荒井寛方とインド」について、展示している挿絵とともに物語の場面を紹介しています。
今回は、いよいよ物語に登場した「赤坂城」をめぐって、挿絵とともに大佛次郎の足跡をたどります。
「大楠公」執筆にあたって、大佛は1935年(昭和10)5月に、取材のため大阪府南河内郡の赤坂城址を訪れています。

[自分が使っているズマールというカメラについて語りながら]一番よく働かしたのは「大楠公」を書くので二回にわたって河内[大阪府南河内郡か]へ史料を漁りに行った時だ。赤坂城、千早城などの地形を一々丹念に記録して来て、執筆の際に原稿紙の周囲にひろげて置いた。人間の書く歴史という奴は勝手な歪曲を受けていることが多いが、破れない山河だけは僕の空想に素直な舞台をひろげてくれる。僕は城方になったり攻囲軍になったりして、写真に映っている地形を研究した。
大佛次郎「ベストからライカまで」(「週刊朝日」大衆読物号、1936年11月2日)


作品の舞台となる土地へ足を運び、丹念に取材を重ねる執筆方法は、大佛作品の基盤となり、それは、絶筆となった「天皇の世紀」に至るまで揺るぎない姿勢でした。
そして、「研究」によって書かれた大佛の物語を、荒井寛方が緻密な挿絵で彩りました。

作家による文章と画家による挿絵の調和も、新聞連載の魅力のひとつ。本展では、壁面に展示している挿絵原画に合わせ、切り抜き帖によって当時の紙面もご覧いただけます。
1月より開催していた愛蔵品コーナー「大佛次郎『大楠公』の挿絵画家・荒井寛方とインド」も、11/28(土)から始まる第6期でいよいよ閉幕となります。物語の終焉と、寛方による挿絵の世界をどうぞお見逃しなく!
★これまでの記事はこちらからご覧いただけます↓
①展示概要&第2期前篇
②第2期後篇
③第3期
④第4期
★「大楠公」挿絵原画をもっとご覧になりたい方はこちら↓
大佛次郎記念館 デジタルアーカイブ
~
愛蔵品コーナー
要入館料